大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大津地方裁判所 平成6年(行ウ)1号 判決

原告

甲野太郎

原告

乙山次郎

右二名訴訟代理人弁護士

玉木昌美

小川恭子

被告

丙川三郎

右訴訟代理人弁護士

宮川清

石原即昭

中川幸雄

吉田和宏

主文

一  被告は豊郷町に対し、金五六万八一一〇円及び平成六年一月二〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その四を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は豊郷町に対し、金九〇万円及び平成六年一月二〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  事案の概要

本件は、豊郷町の住民である原告らが、平成四年一一月四日と翌五日の二日間にわたり実施された豊郷町議会常任委員会合同研修(以下「本件合同研修」という。)に要した費用を、豊郷町町長である被告が公金から支出したのは違法であるとして、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、被告に対し、九〇万円の損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

原告らは、いずれも豊郷町の住民であり、被告は、豊郷町の町長である。

2  本件合同研修の概要

本件合同研修は、豊郷町議会の総務、文教民生、産業建設の三常任委員会(以下、「三常任委員会」という。)の合同研修として、岐阜県益田郡金山町、同県高山市等を対象に、平成四年一一月四日と翌五日の一泊二日の日程で実施された。これには、右三常任委員会所属議員一四名(町議会議員全員が三常任委員会に所属している。)のうち一一名が参加し、議会事務局長、議会書記、助役、収入役、総務課長、福祉保健課長、企画課長もこれに同行した。

3  公金の支出

本件合同研修に要する費用として、同研修の実施に先立つ平成四年一〇月一九日に、町から三常任委員会に対して、各三〇万円、合計九〇万円が支出された。

右九〇万円は、款・議会費、項・議会費、目・議会費、節・委託料として支出され、決算承認されている。

4  監査請求

原告らは、平成五年一〇月二〇日、豊郷町監査委員に対し、本件合同研修に関する支出について地方自治法二四二条一項に基づく監査請求をしたところ、監査委員は右請求は理由がないと認めて、同年一二月一一日、その旨原告らに通知した。

二  争点

1  本件合同研修の内容は、議員研修の趣旨目的に沿うものといえるか。

仮にその趣旨目的を明らかに逸脱する部分がある場合、被告がその部分に要した費用を公金から支出したのは、町に対する関係で違法と評価しうるか。

(原告らの主張)

本件合同研修の行先は、豊郷町で課題となっていた行政事業とは無関係な施設、地域であって、右研修は必要性のないものであった。また、右研修の内容に照らしても、右研修の実質は観光旅行である。したがって、被告が、右研修に要した費用及び旅費を公金から支出したのは違法である。

(被告の主張)

本件合同研修の内容が決定された平成四年九月当時、豊郷町においては高齢者福祉施設の整備が懸案事項となっており、かねてから基金を積み立てて準備を進めていた社会教育施設(公民館、図書館等)と併せて整備する必要があると判断し、金山町における保健センター・福祉センター・デイサービスセンターの複合施設の建築計画・機能が参考となると判断された。また、江州音頭の発祥の地である豊郷町において進めている近隣景観形成協定等の修景対策事業の参考にするため、高山市内における歴史的町並み保存事業を視察する必要があったのであるから、本件合同研修は豊郷町の当面の課題に沿って計画されたというべきである。

2  議会における本件合同研修の実施決定に手続上の瑕疵があるか。

仮に瑕疵がある場合、被告が右研修に要した費用を公金から支出したのは、町に対する関係で違法と評価しうるか。

(原告らの主張)

本件合同研修は、議会閉会中における常任委員会の委員派遣であるから、地方自治法一〇九条六項により、その実施の前提として、議会の議決によって付議された特定事件が存在することが必要である。しかし、本件合同研修に関連しては、議会の議決によって付議された特定事件はなかった。

また、議員の派遣を決定するには、議会の議決が必要であるところ、本件合同研修の実施の決定に関しては、議会の本会議においても、各委員会においても、議決が存在しなかった。

(被告の主張)

地方自治法一〇九条六項は「常任委員会は、議会の議決により付議された特定の事件については、閉会中も、なお、これを審査することができる。」と定めているが、右規定は議案の審査の重要性に鑑みて、その手続を厳格にするための規定であり、議員の視察研修のように直接具体的な議案の審査に関わらない事項については、議会の議決までも要しないと解される。

3  本件支出に関する財務会計上の行為自体に、財務会計法規に反する違法があるか。

(原告らの主張)

(一) 本件合同研修の費用は、本来、予算科目上、旅費の節から支出されるべき性格のものである上、事務、事業の委託に基づく支出ではないにもかかわらず、一括して委託料の節から公金支出されている。これは、「豊郷町議会議員の報酬および費用弁償に関する条例」(以下、「議員の費用弁償条例」という。)及び「豊郷町職員の旅費に関する条例」を潜脱すること及び支出明細を議会等において明らかにしないことを目的として採られた措置であり、右条例及び地方自治法施行令一五〇条一項三号、二項に違反する違法がある。

(二) 町職員に関する費用は、本来、款・総務費から支出されるべきものであるにもかかわらず、款・議会費、項・議会費から支出されており、これは、地方自治法二二〇条二項に違反して違法である。

(三) 本件合同研修の費用は、豊郷町議会議員が公用旅行をした場合の旅費について定めた「議員の費用弁償条例」六条及び「豊郷町職員の旅費に関する条例」の規定によって算出される額の範囲内で支払われるべきであるにもかかわらず、これを超過して支払われた違法がある。

(四) 本件の公金支出は、本件合同研修の実施に先立って、資金前渡の方法によって支払われており、このような場合には、豊郷町財務規制により精算手続等の所定の手続を経なければならないことが要請されているにもかかわらず、右手続を経ていない違法がある。

(五) 本件公金支出に際して、受取人が正当な権限を有するものであることを確認しておらず、豊郷町財務規則五九条三項に違反する違法がある。

(被告の主張)

(一) 本件合同研修の経費が委託費から支出されているのは、長年の慣行によるものであって、そのこと自体が違法となるものではない。

(二) 本件合同研修には、七名の町職員が同行したが、そのうち議会事務局長及び議会書記は本件合同研修の事務全般を遂行するために必要であり、他の職員らについても、本件合同研修が当面する豊郷町の懸案事項を推進していくために計画されたものであるところ、そのためには執行機関の協力が不可決であるから、職員が参加することには何ら問題点はないというべきである。

4  違法な公金支出についての被告の過失の有無

(被告の主張)

普通地方公共団体である町においては、議決機関である議会と執行機関である町長とは独立・対等の機関であり、町長は、議会に対して、所定の場合にその議決を再議に付し、その議決すべき事件を処分するなどの権限を有するにとどまる。したがって、議会の議決がある場合には、町長は原則としてその執行を拒否することはできないのであるから、右議決に重大かつ明白な瑕疵があって無効であるなどの特段の事情がない限り、町長が議会の議決に従って行った執行行為が違法となることはないというべきである。

5  町が被った損害額

第三  争点に対する判断

一  第二の一の争いのない事実に、甲一三、一八の21、二二、乙三、四の1ないし6、五、六、七の1ないし25、証人A、同Bの各証言を総合すると、以下の事実が認められる。

1  平成四年三月二五日、豊郷町議会において、款・議会費、項・議会費、目・議会費、節・委託料に委員会行政視察委託料として九〇万円を計上する平成四年度豊郷町一般会計予算書案が提出され、議会事務局長から、予算案中の節・委託料九〇万円は、三常任委員会の行政視察の費用として各委員会ごとに三〇万円ずつが計上されている旨の説明があった後、同予算案が可決された(甲一三)。

2  同年九月開催の豊郷町定例議会の会期中、各常任委員会において、委員長から、委員会研修を実施すること、日程、研修先については委員長に一任してほしい旨の提案があった。文教民生常任委員会では、C議員が、委員長一任ではなく、委員会で研修先等を議論すべきである旨意見を述べたが、その他の議員からの異議はなかった(甲二二、A証言)。

3  そこで、三常任委員会の各正、副委員長ら及び議会の議長、副議長が、平成四年一〇月中旬までに協議検討し、三常任委員会合同で以下の内容の研修を行うこと、町長、収入役、総務課長、福祉保健課長、企画課長に参加を要請することを決定した。

日時  平成四年一一月四日、五日

場所  岐阜県益田郡金山町、同県高山市

目的  ① 住民福祉の取組についての研修(福祉関係施設等の視察を含む。)

② 高山市内における歴史的町並み保存状況についての研修(史跡の視察を含む。)

経費  平成四年度一般会計予算(議会費)の範囲内

参加者  三常任委員会所属議員一四名

議会事務職員二名

町長、収入役、総務課長、福祉保健課長、企画課長

4  右決定に従って、町長以下、前記町職員らに対し、出席要求書が議会事務局から送付された。

また、同年一〇月二七日には、本件合同研修の参加者によって、豊郷町福祉保健課作成の平成四年度福祉保健業務の概況と題する文書、金山町福祉保健課作成の平成四年度福祉保健業務の概況と題する文書等の資料を用いて、研修先及び研修テーマに関する勉強会が開かれた(乙三、四の1ないし7、B証言)。

5  同年一〇月一九日に、議会事務局長が、摘要欄に「常任委員会研修一一月四日〜五日岐阜県金山町」、債権者欄にそれぞれ「総務常任委員長D」「文教民生常任委員会E」「産業建設常任委員会F」の記載のある、金額三〇万円の支出負担決議書(兼支出命令票兼領収書)三通(乙一〇ないし一二)を作成し、被告は、同書面の支出命令欄に押印した。被告の同支出命令に基づき、同月三〇日に合計九〇万円が、町の財政係から議会事務局に対して支出され、議会書記が、同各書面の領収欄に各常任委員長名を署名押印した。

6  本件合同研修の参加者ら(議員一一名、議会事務局長、議会書記、助役、収入役及び三課長ら)は、同年一一月四日、貸切りの観光バスに同乗し、豊郷町役場を午前八時一〇分に出発、彦根インターチェンジを経由して、養老サービスエリアで休憩をとり、一宮インターチェンジ、関インターチェンジを経由して、金山町に到着、金山町内のドライブインで午前一一時五〇分から午後零時四〇分ころまで昼食をとった。午後一時前に金山町保健センターに到着、金山町福祉保健課長ら施設関係者から同センターの業務概況等についての説明を受け、質疑応答を行った後、同センターを見学し、午後三時ないし四時ころ同所を出発した。その後、下呂温泉合掌村を約三〇分間見学し、下呂町の旅館に宿泊した。翌五日は、午前九時ころ貸切りバスで出発し、高山市の町並み保存地区及び高山陣屋を午前一〇時から同一一時五〇分ころまで見学した。町並み保存地区では、合同研修の参加者らは徒歩で見学し、個々に、地区の住民から川の清掃、建物の維持補修など町並み保存に関する話を聞くなどした。その後、高山市内のレストランで昼食をとった後、中津川インターチェンジを経由して、恵那サービスエリア及び養老サービスエリアで休憩をとり、彦根インターチェンジを経由して、午後六時ころ豊郷町役場前に帰着した。

7  本件合同研修において、事前に渡されていた公金九〇万円の使途は、以下のとおりである(乙七の1ないし25)。

(一) 研修先の手土産代 四三二六円

(二) バス代 二二万六六〇〇円

(三) 道路通行料 八二一〇円

(四) 駐車料 一六四〇円

(五) 高山陣屋、下呂温泉合掌村の入場料 一万八七七〇円

(六) バス乗務員の宿泊代、日当

二万〇〇〇〇円

(七) 宿泊代 三八万一〇六〇円

(八) 昼食代(二日分)

一五万〇四三五円

(九) 夕食時の飲み物代

八万一九〇〇円

(一〇) 缶ジュース代 三五〇〇円

(一一) 清涼飲料水代 二八〇〇円

(一二) バス車内の飲み物代

三万〇〇八〇円

(一三) サービスエリアでの飲食代

九八八二円

(一四) 写真現像代等 四二四二円

合計 九四万三四四五円

右の(七)ないし(一四)のうち四万三四四五円は、参加者が負担した。

8  同年一二月、豊郷町議会定例会において、文教民生常任委員長によって、本件合同研修の結果報告がなされた。

また、助役を作成者とする研修内容を報告した町長宛の復命書一通(乙六)が作成されており、これには、金山町保健センターの施設の概要、施設運用上の問題点、下呂温泉合掌村について豊郷町として参考にしうる点、高山市の町並み保存地区の住民の話及び豊郷町として参考にしうる点などが、概括的に記載されている。

二  争点1について

1  一般に、普通地方公共団体の議会(以下、「地方議会」という。)は、議会の機能を適切に果たすため、必要な範囲で自治、自律の機能を持っており、議会活動の一環として必要と認める場合には、行政事情等の視察を目的として議員を派遣することができるものというべきである。また、議員の行政視察は、当面の行政課題に直接結びついていなければならないものではなく、議員の視野を広め識見を養わせるなどの観点から、議員活動を有益ならしめる場合にも、なお行政視察として議員を派遣する必要性が認められるというべきである。しかし、それが目的、動機、態様等に照らし議会活動の裁量の範囲を著しく逸脱し、もしくは裁量権の濫用にわたる場合には、その議員派遣は違法となるものと解せられる。

そこで、本件合同研修を見るに、甲五号証の1ないし4、証人A及び同Bの各証言によれば、本件合同研修当時、豊郷町では、社会教育施設(公民館、図書館等)の整備計画が具体的に進められていたところ、同町の社会福祉施設の整備が不十分であったことから、公民館、図書館等の建設に併せて社会福祉施設の建設を推進していこうという案が持ち上がっていたこと、本件合同研修後、同町では、公民館、図書館と併せて、デイサービスセンター等の社会福祉施設を建設する案が具体化し、現在、これは建設中であること、同町は、本件合同研修当時、近隣景観形成協定等の修景対策事業にも取り組んでいたことが認められ、以上の事実によれば、社会福祉施設である金山町の保健センター及び高山市の町並み保存地区の見学は、豊郷町の当面の懸案事項や政策課題と係わりを持つ内容であったといえる。

原告らは、金山町の立地条件、同町が施設建設及び運営の財源をダムの補償金から得ていること、同町の施設が公民館との複合施設ではないことなど、豊郷町と金山町とでは条件が異なる上、滋賀県内にも見学にふさわしい社会福祉施設があったのであるから、金山町の施設を見学することは不必要であったと主張する。

しかし、金山町と豊郷町の諸事情に原告主張のような相違点があったとしても、金山町の保健センターが町運営の施設であり、約半年前にオープンしたばかりの施設であったこと(乙四の4、6)に照らして、これを見学することは、社会福祉施設の設備内容、運営方法、財政上留意すべき点など、豊郷町の行政運営上参考となる点が少なくなかったと考えられる。また、本件合同研修の見学先である下呂温泉合掌村や高山陣屋を含む高山市の町並み保存地区は、通常観光地として訪れる場所ではあるものの、豊郷町が当時取り組んでいた社会福祉事業、修景対策事業等、豊郷町の現在及び将来の行政事業と係わりを持つ場所でもあって、これらの地を見学することは豊郷町の議会活動を有益ならしめる意味があったと考えられるから、これらの地を研修先に選んだことについて、議会活動の裁量の範囲を著しく逸脱する違法があるとはいえない。

さらに、下呂温泉にある旅館を宿泊先に選定したことについても、同温泉と研修先である金山町や高山市との位置関係に照らして、宿泊先決定の裁量の範囲を逸脱するまでには至らないが、宿泊代等の公金支出については後記のとおりの条例の制限を受けることになる。

これらの事情に加えて、前記第三の一4、6、8で認定したとおり、研修の事前に、豊郷町や金山町の福祉保健業務に関する資料を配付して参加議員の勉強会を開くなどの準備をしていること、同研修の日程の多くが金山町の施設や高山市の町並み保存地区の視察研修に費やされていること、研修後、文教民生常任委員長から議会に研修内容の報告がなされていること等を併せて考えれば、本件合同研修が、実質的に観光旅行であって、議会活動の裁量の範囲を著しく逸脱した容認し難い内容のものであったと認めることはできない。

三  争点2について

1  本件合同研修のような、いわゆる行政視察旅行は、行政事情等の調査のための議員派遣という面とともに、各地方公共団体の管外で行う議員研修という面を有しているのであって、常任委員会の付託事件の審査又は調査のための委員派遣とは別途のものと解される。そして、地方議会は、前記のとおり、議会の機能を適切に果たすため、必要な範囲で自治、自律の機能を持っており、議会活動の一環として必要と認める場合には、行政事情等の視察や議員の研修を目的として議員を派遣することができるものというべきである。ところで、常任委員会の付託事件の審査又は調査は、会期中に行われるべき議員活動の一つであり、会期不継続の原則により、議会閉会中に行うときには、地方自治法一〇九条六項により、議会の議決によって付議された特定事件が存在することが必要であるが、事実調査というよりも議員研修としての意味合いの強い行政視察旅行については、会期中に行われるべき本来的な議員活動とは性格を異にし、閉会中に行っても会期不継続の原則の趣旨を損なうものではないから、閉会中に実施する場合にも、同法一〇九条六項の適用はないと解せられる。

したがって、本件合同研修について、議会の議決によって付議された特定事件が存在していなかったとしても、同研修の実施決定が違法となるものではない。

2  行政視察旅行の実施決定手続については、地方自治法に明文の規定がなく、豊郷町の条例にもこれに関する規定がない。

しかし、地方議会が、自治、自律権能に基づき、行政視察旅行の実施を決定できることは、前述したとおりであり、その決定手続としては、議会の意思決定として相当なものであれば、必ずしも本会議における議決までが要求されるわけではないと解される。

争いのない事実及び前記第三の一2、3で認定した事実によれば、豊郷町議員のうち一人を除く他の全員が、各自の所属する常任委員会において、本件合同研修の実施及び内容の決定を各常任委員長に一任することを承認し、右委任に基づいて、各常任委員長の協議により本件合同研修の内容が決定されたと認められるから、本件合同研修の実施決定手続について議会の意思決定として瑕疵はないといえる。

四  争点3について

1  豊郷町においては、「議員の費用弁償に関する条例」が定められ、同法六条において、「議員が公務のために旅行したとき」の費用弁償の額が「豊郷町職員の旅費に関する条例」の規定により算出した額と定められ、費用弁償の支給方法も一般職の職員の例によるとされている。

「議員の費用弁償条例」は、地方自治法二〇三条五項において、地方議会の議員等の報酬、費用弁償及び期末手当の額並びに支給方法は、条例で定めなければならないと規定しているのを受けて制定されたものであるところ、右規定は、同法二〇四条の二と併せて、地方公共団体における議員に対しては条例で具体的に定められている報酬・費用弁償・期末手当以外の給付を禁ずることによって、地方議会がお手盛りで恣意的に支給額を決めるのを防いで、公正化を図ったものと解される。

したがって、本件合同研修費の公金支出についても、基本的に「議員の費用弁償条例」に従って行われる必要があり、これを超えてなされた支出は地方自治法二〇四条の二に反する違法な支出となる。

但し、前記のとおり、地方議会は、議会の機能を適切に果たすため、必要な範囲で自治、自律の機能を持っており、議会活動の一環として必要と認める場合には、議員の視野を広め識見を養わせるという観点から、議員の研修を実施することも許されるところ、議員研修は、各地方公共団体の管内において、旅行を伴わずに実施されたとしても、費用を要するものであるから、行政視察旅行の費用のうち、議員の研修自体に必要な費用は、「議員が公務のために旅行したとき」の費用弁償とは別個の性格を持つ費用と考えられる。したがって、旅費とは別個の性格を持つ費用も含んでいると考えられる行政視察旅行の費用については、必ずしも、議員の旅費について定めた条例の規定によって算出される額の範囲内で公金が支出されなければならないものではない。

これに対し、原告らは、本件合同研修の費用は、本来、予算科目上、旅費の節から支出されるべき性格のものであり、委託料として支出したこと自体に違法があると主張する。

確かに、豊郷町財務規則は歳出予算中の目相互間だけでなく、節においても委託料等については特にやむを得ない場合を除いて流用を禁止しており(同規則一八条)、本件合同研修の費用は、事業や事務の委託に伴う費用とはいえない上、証人A、同Bの各証言等の証拠によれば、「議員の費用弁償条例」六条一項及び「豊郷町職員の旅費に関する条例」の規定の潜脱を目的として、本件合同研修の費用を委託料として支出したことも窺われることからすれば、右規則に定める「特にやむを得ない場合」には当たらないと考えられる。

しかし、地方自治法二一六条は予算の歳出はその目的に従って款項に区分することを定め、支出の最高限度を規制されていることを担保するために、同法二二〇条二項で、歳出予算の経費の金額は、各款の間又は各項の間での流用を禁止しているが、予算中の「目節」というさらに細分化された区分は、行政目的上、付するものであって、議会の議決の対象とならず、その間の流用までも禁止するものではないと解される。加えて、本件合同研修の費用を委託料の節に計上する旨の説明を受けた上で議会は予算案を可決しており、その予算案に基づいて本件公金支出は行われているから、右支出は、実質的に見て、豊郷町財務規則の禁止する節相互間の予算の流用には当たらず、それ自体違法ではないと認められる。

なお、委託料という名目の公金支出であっても、実質的にその内容が行政視察旅行の費用であるからには、宿泊費等の支出明細を提出させるなどの財務会計法規上の手続が要求され、条例の規定を潜脱できるわけではないから、委託料の節から公金支出したことに条例の規定を潜脱するためという不法な意図が含まれていたとしても、それは財務会計法規の誤解に基づくものであって、このような意図の存在が直ちに、委託料の節から公金支出したこと自体を違法ならしめるものではない。

2  本件合同研修に、町職員である議会事務局長、議会書記、助役、収入役、総務課長、福祉保健課長、企画課長が同行したこと、これらの職員分の費用が、款・議会費、項・議会費から支出されていることは、争いのないところである。

右のうち、議会事務局長、議会書記分の費用については、これら職員が議会職員として本件合同研修に同行し、議員らの行動を事務的な面で補助していたものと推認されること、議員研修を実施するためにはその協力、同行が不可欠であることからすると、公的な委員会活動に伴う必要経費の負担とみなし得るものであり、右費用を款・議会費、項・議会費から支出しても、款、項間の予算流用禁止を定めた地方自治法二二〇条二項に違反するものではないと解するのが相当である。もっとも、これら職員の宿泊代等の支出額についても、議員の場合と同様の理由から、「豊郷町職員の旅費に関する条例」による制限を受け、同条例の規定によって算出される額を超えて支給されている点について、条例違反の有無が問題となることは後述のとおりである。

しかし、助役、収入役、総務課長、福祉保健課長、企画課長分の費用については、本件合同研修が前記のとおり豊郷町の当面の懸案事項、行政課題と係わりを持つ内容であって、これら職員が視察に参加することは豊郷町の行政に役立ち得るところがあること、議会と行政執行機関とは、懸案事項については日頃から十分な意思疎通を図るべき必要があることなどから、これら職員が本件合同研修に同行すること自体は職員の公務としての旅行として違法とはいえないが、これらの職員は、議会職員とは異なり、その同行が議員研修にとって不可欠なものとまではいえないこと、宿泊代、飲食代等の支出内容、一人当たり五万円という支出額を併せ考えると、その費用を委員会活動の必要経費と見ることはできず、右費用は本来、款・総務費から支出されるべきものであって、これを款・議会費から支出することは、地方自治法二二〇条二項に違反する違法があるというべきである。

3  さらに、本件合同研修の費用中、議員、議会事務局長及び議会書記について支払われた内容について検討する。

甲七、八(「議員の費用弁償条例」六条一項及び同条項が準用している「豊郷町議員の旅費に関する条例」)によれば、岐阜県内の地域を研修先とする本件合同研修の旅費としては、議員一人当たり、宿泊料七〇〇〇円、日当一五〇〇円の二日分、交通費(車賃)実費額の範囲内で公金からの費用弁償が許されると解される。すなわち、「豊郷町職員の旅費に関する条例」六条一項には「車賃は鉄道または船舶の便のない区間および用務の都合上鉄道また船舶により難い旅行については別表に掲げる定額により計算する。」という規定が、同条三項には「特別の事情によって定額の車賃にては、実費を支弁し難い場合には実費を支給することができる。」という規定があるが、本件合同研修の研修先である金山町等は、豊郷町から鉄道を利用するには不便な地であり、多人数が参加する研修旅行の交通手段としては、貸切り観光バスを利用することもやむを得なかったと考えられるので、交通費については、車賃(バス代等)を実費支給しても不相当とはいえない。また、旅行中の食費については、同条例九条によれば、水路旅行中の一定の場合に限って支払われるものと解せられ、本件合同研修のような陸路旅行については、宿泊先等での食費は宿泊料及び日当によって賄われるのであって、宿泊料に加えて食卓料が支給されることはないと解される。

以上を前提に、本件公金支出の内訳を見るに、同研修における公金九〇万円の使途は、前記第三の一7で認定したとおりであって、(七)ないし(一四)(宿泊代、昼食代、夕食時の飲み物代、缶ジュース代、清涼飲料水代、バス車内の飲み物代、サービスエリアでの飲食代及び写真現像代等)は、「議員の費用弁償条例」及び「豊郷町職員の旅費に関する条例」が規定する議員が公務のために旅行したときに支給されるべき費用弁償のうち、「宿泊料」及び「日当」に含まれるといえるところ、これらの費用として、参加議員一人当たり合計三万四四七〇円が支出されていることが認められ、一人当たり一万円を超える二万四四七〇円を公金から支出している点において、本件公金支出には条例に違反する違法があるといわざるを得ない。

一方、前記第三の一7で認定した使途のうち、(二) バス代、(三) 道路通行料、(四) 駐車料、(六) バス乗務員の宿泊代、日当は、「豊郷町職員の旅費に関する条例」でいう「車賃」に含まれると解せられ、前記の理由により、実費額全額の支給が許されるというべきである。

その余の、(一) 研修先への手土産代、(五) 高山陣屋、下呂温泉合掌村の入場料については、「豊郷町職員の旅費に関する条例」において額の算出方法が定められている費用科目には該当せず、また、これらの費用は、研修の実施自体に関連する費用といい得るものであるから、豊郷町財務規則等の財務会計法規に従って、議会運営上の必要経費として原則的に実額の費用弁償が許されると解され、これらの費用の支給には条例に違反する違法はない。

4  以上のように、本件合同研修の費用中、交通費や宿泊費等旅費に関する部分については、「議員の費用弁償条例」六条一項及び「豊郷町職員の旅費に関する条例」の制限の範囲内でしか、公金支出が許されないものである以上、本件合同研修の費用について公金支出する際には、支出明細の提出を求めるなどして費用の使途を調査し、条例に違反する違法がないかを調査した上で公金支出する必要があった。豊郷町財務規則にも、支出負担行為をしようとするときは、法令その他に違反していないか等を調査しなければならない旨の規定(五六条)があり、資金前渡や概算払が行われた場合には事後の清算等の所定の手続が要求される(六二条)など、公金の使途の調査について種々の手続規定が置かれている。また、委託料の名目で公金支出される場合であっても、支出される公金の使途が適法であるかを調査すべき財務規則上の義務が免除されているわけではないから(委託契約が締結される場合においては、所定の事項を記載した契約書の作成や、必要に応じて会計検査が要求されている。)、委託の内容を調査する手続を踏むことはもちろん、その実質が行政視察旅行費にあたる場合には、さらに事後精算を行うなど使途の明細を調査する手続を踏む必要があったというべきである。

前記認定のとおり、本件公金支出は、本件合同研修の前にされているが、同研修後に精算を行うなど豊郷町財務規則が要求する公金の使途調査のための手続は全く踏まれておらず、そのために、「議員の費用弁償条例」六条一項及び「豊郷町職員の旅費に関する条例」の規定に違反する違法な公金支出が看過された結果になっている。

したがって、本件支出に関する財務会計上の行為は、その手続においても財務会計法規に反する違法があるといえる。

五  争点4について

乙一〇ないし一二号証並びに弁論の全趣旨によれば、被告が、本件支出に関する支出負担決議書(兼支出命令票兼領収書)三通の支出命令欄に押印するに当たって、本件支出行為が、議員の研修の費用について支払われるものであること、本件支出が旅費等の資金前渡しかつ概算払いであることを容易に認識できたこと、支出負担行為を決裁し、支出命令を発した後、支出命令者の審査義務等(豊郷町財務規則六二条二項等)を尽くさず、精算等の所定の手続を経ずに、漫然と、前記のような違法な公金支出を看過していたことが認められ、右事実によれば、被告には、違法な公金支出をしたことにつき過失が認められる。

これに対し、被告は、執行機関である町長は、これと独立・対等の機関である議会による適法な議決であると見られる以上、それに基づく執行を拒むことはできないから、何ら過失はないと主張する。

しかし、前記四で認定のとおり、本件公金支出の違法は、その前提となる議決の内容、手続に関するものではなく、支給額等の専ら財務会計上の事項に関するものであるから、この点については被告は執行機関として右のとおり審査義務を負っているのであり、被告の主張は採用できない。

六  争点5について

前記四で認定したとおり、本件合同研修の費用のうち、① これに参加した町職員である助役、収入役、総務課長、福祉保健課長、企画課長分の費用(前記四2)及び② 議員等の費用のうち、前記第三の一7認定の使途の中で(七)ないし(一四)について、一人当たり一万円を超える部分がいずれも違法な支出に当たるから、その損害額は、①について右町職員一人当たり五万円であるから、五人分の合計二五万円と、②について議員等一人当たり二万四四七〇円が違法な支出であり、その一三人分の合計三一万八一一〇円とを合わせた五六万八一一〇円が豊郷町の損害となる。

第四  以上によれば、原告らの請求は五六万八一一〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成六年一月二〇日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鏑木重明 裁判官森木田邦裕 裁判官山下美和子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例